意外に史跡が多かった館林




 館林市は、群馬県の東端に位置する、近頃では夏の最高気温を熊谷と競うほどの猛暑で有名である。
私の実家のあった栃木県小山市からも近く、仕事で何度か訪れたこともあるが、ほとんどは車で通過するだけで、観光目的は今回が初めてである。
友人O君が、次回3月6日のドライブは多々良沼へ行ってみたいと言うので、調べてみたら茂林寺とかつつじが岡公園もあるので、帰り道にさいたま水族館とか騎西城などに寄ってみてもいいかと思い、方面を決定した。
多々良沼は、ハクチョウの飛来で有名ではあるが、今はもう3月だし昼間はねぐらを離れて田んぼや畑で採餌しているはずで、実際行ってみたらありきたりのカモ類しかいなかった。
昼食は久しぶりの手打ちそばだが、十割専門店と鴨肉専門店で迷ったが、昨年吹割の滝でO君と食べた時の十割そばが異常にまずかったので、リベンジ目的で十割の方に決めた。二八と十割は、二人とも味の違いは全く分からなかったが、十割の方は腰が弱い感じで、少々物足りなさはあったものの、しっとり感があってつるつるとしたのど越しで食べられるのが良かった。
昼食が終わってもまだ12時すぎだったので、時間に余裕があり、調べてみたら館林城跡があるようなので、市役所近くの駐車場に停めて散策したところ、意外なほど史跡がたくさんあることが分かった。歩ける範囲で写真を撮りまくり、帰路はさいたま水族館と騎西城にも寄って、なかなか充実した一日であった。



まず立ち寄ったのは茂林寺で、通称黒門と呼ばれる総門をくぐる。1468年の建立だとかでかなりの古さ。



本堂に至る参道の両側には、分福茶釜のタヌキ像がズラリと並んでいる。


 
本堂との間にある通称赤門と呼ばれる山門。こちらも1694年建立とかなりの古さである。



突き当りが本堂で、総門と同時に建立された藁ぶき屋根の建物である。元号だと応仁二年室町期だ。



境内にあった聖観音像と奥は守鶴和尚を祀った守鶴堂という建物。



総門前の商店では、やはりほとんどが分福茶釜のタヌキ像で占められている。



茂林寺の北側には広大な茂林寺公園があり、茂林寺川に架かる橋にもタヌキがいた。
後方に見えるのは、東武トレジャーガーデンのブライダルホールである。



次に行ってみたのがつつじが岡公園。時期外れで商店も休みで駐車場もガラガラ。



つつじが岡公園の北側に広がる城沼のボート乗り場も休業中だ。



つつじが岡公園は、つつじの間に樹齢のありそうな松の木が多かった。


 

城沼の対岸に見えたのは、曹洞宗の巨法山善長寺。



多々良沼へ行ってみた。野鳥と湿原のガバ沼エリアの駐車場から歩いてみたが、めぼしいものは何も無し。



仕方なく遠くに見えた浮島弁財天まで行ったが、カモとサギがいるだけで寂しい限り。


 

館林城跡付近を歩くと変わったオブジェが。このあたりは午前中に行ったつつじが岡公園の隣のエリアだった。


 

城沼に繋がる川に架かる橋の真ん中には、幼児たちの像がある。後ろからの構図が無難かと思う。



公園の一角にあった、館林城から出土したという墓石群。



つつじが岡第二公園に保存されている旧秋元別邸。秋元家は旧館林藩主で、明治末期の建築。



こちらは旧秋元別邸と繋がっている、昭和初期に増築された洋風の離れ。



館林城の本丸があった場所には、八幡宮が建てられて現在に至っている。



つつじが岡第二公園の北側には、旧上毛モスリン事務所だった瀟洒な西洋館が保存されていた。



この建物は明治末期の建築で、内部には四輪の人力車もしくは馬車が展示されていた。


 
西洋館と同じ敷地にあった作家田山花袋の旧居。花袋が幼少期に住んだ元武家屋敷の一部だった家である。



田山花袋記念文学館に隣接した、向井千秋記念子供科学館。向井千秋は中二まで館林で育った。



この石垣だけが、ここに館林城があったことを示している。



館林城跡から少し市街地に入ったところには、中級クラスの武家屋敷が残っている。
こちらは長屋門で内部に住宅があるのだが、土日祝しか公開していない。



向かいには田中正造記念館もあるが、こちらは火木土日のみ公開で、今日水曜日は休館で内部は全く見えない。


 
武家屋敷の近くで見つけた樹齢400年のヤブツバキ。



武家屋敷の通りの突き当りにポツンと建てられていた長屋門。手前はただの空き地である。



長屋門の近くにあった蔵のような造りの建物は、長屋のように区切られた商店になっている。



さいたま水族館にいたウーパールーパー。正式名はメキシコサラマンダーだ。



さいたま水族館は、荒川に棲む70種類ほどの淡水魚を飼育・展示している小さい水族館だ。



上流域の代表魚イワナもいっぱいいて美味そう。



ヒレの美しい金魚に睨まれた。



帰り道に立ち寄った騎西城。元々天守が無かった城なので、騎西城は模擬天守に分類される。


 さいたま水族館に立ち寄ったのは、O君が以前、希少の淡水魚ムサシトミヨの世界唯一の生息地である、熊谷市の元荒川の水源地付近を散策したことがあり、ここでのみ実物が見られるということで、若干の興味を覚えたためである。
また、城跡二か所を散策したのも、元々興味のあるものに加えて、先日アマゾンプライムで見た映画「のぼうの城」で、行田の忍城が秀吉の小田原征伐で、唯一落城しなかった支城であったのを知り、大いに興味を持ったことである。
O君が歴史に興味を持つようになったのも、映画「のぼうの城」を見てからだそうで、私も元々高校生の頃から、斎藤道三あたりから始まる下剋上の話が好きで、「国盗り物語」などをよく読んではいた。ただ、最近までドラマや映画はほとんど見ることが無く、ここ2年ほどでアマゾンプライムやYOU TUBEで200本以上のドラマ・映画を見るようになって、その影響力がいかに強いかを知ることができた。
加えて、CMなどで見た記憶はあるが、名前を知らない俳優・女優の顔と名前をかなり覚えることができるようになった。
ただ、アマゾンプライムなどで見ることのできるものは、割と古い10年前とかが多いので、現在30代になってしまっている女優が随分若くて魅力的だったことを知ることになって、気に入った女優の作品ばかり探して見てみたり、もはや高齢者になった爺さんにあるまじき感動と妄想の世界に浸ったりしているのであった。