未知の横浜を歩く




 川越を歩いた翌日は雨降りなので、それまでの3回分の記事作成を終日やっていた。
翌3月17日土曜日は、特に何も予定していなかったのだが、朝から天気は快晴、最高気温が12度の予想と、街歩きには絶好の条件であったので、急遽電車で横浜へ行くことにして、8時台の上野・東京ラインに乗るべく駅へ向かった。
予定した1本前の電車が5分遅れで来て、後続は15分遅れだとのことなのでこれに乗ったが、実は品川止まりの電車なのだった。新橋で東海道線に乗り換えたが、これがまた休日とは思えないほど混んでいて、結局横浜まで1時間以上立ちっぱなしであった。ある程度時間が読める代わりに、こういう事態も覚悟しなければいけないのが公共交通の厳しいところだ。
桜木町には10時ちょうどに到着したが、実はどこを歩くか決めていなかった。なので、最初は掃部山公園のつもりでいたが、方向が分からず向かったのは野毛山動物園で、その後日ノ出町から伊勢佐木町を歩き、関内駅の南西側から寿町・松影町をうろついて、最後は石川町の北口がゴールになった。1万歩ほど歩いたが、まだ1時過ぎだったので、根岸線を大船まで乗って湘南新宿ラインで帰宅した。以前、仕事で関内から伊勢佐木長者町までたった一区間市営地下鉄に乗ったことがあったが、仕事を済ませてすぐUターンしたので、どの辺を歩いたのか全く覚えていない。
最初はあまり収穫は無いかもと思っていたのだが、街歩きをしていると必ずと言っていいほど、グーグルでの予習には無い興味ある風景に出くわすもので、みなとみらいから山手の観光エリアとほぼ隣接するエリアでも、全く違う顔を見せてくれたと思う。特に寿町エリアは昼間でもちょっとドキドキの路地などもあって、撮ったらすぐ広い通りに移動するというくらい、とても夜にはカメラをさげて歩けないような雰囲気の街であった。



野毛坂沿いのイタリアンレストラン。野毛は飲食店がたくさんあるエリアだ。



野毛坂交差点の先には動物園の標識が出ていた。素直にそちらに向かう。



動物園途中の丘の上には中村汀女の句碑があった。



遊歩道沿いにはタブノキの大木があった。


 
今度はクスノキだ。小説に出てくる戸部の人食いの木はこんなクスノキだったと思う。
もちろん架空の話だが、登場する暗闇坂はこの近くに実在する。



野毛山動物園到着。西洋館もそうだが、無料開放している横浜市はエライと思う。東京も見習え。



動物園の一角に旧横浜市電の車両が展示保存されていた。昭和46年までだからかなり古い。
以前、市電保存館にも寄ろうと思ったが、根岸から近くまで行ったのに地図がなくて分からずあきらめたことがある。



動物園内ではもうコブシが咲いていた。自宅近くの公園はまだ咲いていない。



檻や金網が無いのはキリンくらいだ。母子でいて、こちらはお母さんの方。



帰りがけにエントランスの花壇の裏を見たら、動物のトピアリーが配置されていた。



動物園南側の野毛山公園に移動。何の建物だったのか、閉鎖されて久しい感じで錆だらけ。



公園の展望台から南側の眺望。煙が出ているのは根岸の製油所であろう。



こちらはみなとみらい側。ランドマークの名の通り、ベイエリアからならどこからでも見えるタワーだ。


 
公園を降りたところの窓がカラフルなトイレ。変わったものなら何でも撮ってしまう。



半僧坊坂の途中の道路の二股の間に建つ民家。四方の眺めはいいかもしれない。


 
こちらはきれいなタイルがびっしり貼られたマンション。ここも二つの道路に挟まれた細長い建物だ。



日ノ出町駅近くの京急の高架をくぐり、大岡川に出た。こちらはかつての面影も無い黄金町方面。



黄金橋を渡ると、ポツポツとこんな店が出現する。



伊勢佐木町の商店街に入ると、こんな立派なオブジェがあった。ボタンを押す勇気は無かった。



左右の商店を見ながら歩くと、へび専門店とかの気持ち悪い店があった。



親切に4つの駅の標識が出ているが、土地勘が無いと関内以外は分かりにくい。



ドンキホーテの店の前の立派な熱帯魚水槽。これも販売してるのかな。



免税店だが買い取りもやっているようだ。金ぴか女神像を見ると、金の密輸の報道を思い出した。



お昼が近いのでドトールで昼食。これで760円。コンビニのが安いね。



さらに伊勢佐木町を歩く。聞いたことがあるような老舗だが、貼り紙には閉店と書かれていた。



こちらも老舗だろう、まだ不二家レストランなんてあったのかという感じだ。



へびやの次は精力剤専門店。確かヨヒンビンは劇薬で第一類医薬品だったと思う。私も貰って飲んだことがある。



看板をしょったお姉さん。前から撮るだけの度胸は無い。


 

カトレヤプラザという建物らしいが、正面上部のデザインがなかなかいいと思う。



いっぱいぶら下がっているのは照明なのだろう。夜景撮りに来たら見てみよう。



宝石店のイメージキャラクターなんだろうが、迫力ありすぎ。



パチンコ屋の店頭。私は30歳で足を洗ったので、その後どんな器械があるのか全然分からない。


 
面白い風景を見せてもらった商店街の関内側出口。このオブジェはかなりのインパクトだ。



関内駅を降りたことが無い西側から見る。セルテなんてビルがあるのを初めて知った。


 
大通り沿いに歩くと、どういう意味かさっぱり分からない壁の絵を発見。



大通り公園に入ると、銅像の周囲はこの広さ。赤い靴はいてた女の子像の周囲もこれくらい広くしてほしい。



大通り公園をぶらぶら歩く。土曜日なのでフリマが開かれている。



日ノ出川公園では消防の訓練か。葉が無いと実に不気味なプラタナスの木。


 
電気工事の組合のようなところらしいが、建物の壁のデザインがユニークだ。



少し歩いて寿町に入ると、街が昭和にタイムスリップしたような感じになった。


 
割と立派なビルだが、連れ込みではなく簡易宿泊所である。以前からこの辺を歩いてみたかったのだ。


 
路地に入り込むとこんな感じ。まあ昔はみなこういう飲み屋街だったけど、まだ横浜にもあったんだなと思う。



路地がうす暗いので急いで通りに出る。看板には、ひろみ・百合・優子なんてのばかり。



のんべがいっぱい居そうな店。通りを歩いているのは私と同年輩のくたびれたような爺さんがほとんど。



2階までは全室エアコンが付いているのだろうが、3階から上は室外機が無かった。



ホステルビレッジは、調べたら簡易宿泊所を紹介、予約してくれるところらしい。



エアコン室外機のオンパレードだ。部屋数が多いからひと部屋は狭いということだろう。



昔、万博で三菱未来館なんてのもあったなと思うが、ここも簡易宿泊所だ。



民家が無いので花も咲いてなかったが、1か所だけルピナスなどが植えられた花壇があった。



石川町駅北口前に到着。駅前の横浜中華学校の建物はデカすぎて16mmでも収まらない。



駅の反対側に行ってみると、中華街の西陽門があり、頭上を製油所の長い編成が通過していった。



石川町駅前の豪華高層マンションは、実は周りをすべて高速道路で囲まれている。



石川町から大船まで根岸線に乗った。洋光台あたりではもうガラガラである。


 横浜寿町は日本三大ドヤ街のひとつで、他は東京の山谷と大阪のあいりん地区である。大阪は知らないが、山谷は私が車で東京に出社する時、台東区の明治通りで泪橋(なみだばし)の交差点を通過するのが朝6時すぎだったのだが、大勢の日雇い労働者が付近にたむろしていて、一種異様な雰囲気だったのをよく覚えている。
ただ、現在の寿町を見ると、労働者の高齢化で以前よりも少なくなり、一泊2、3千円で泊まれることから、外国人も含めたバックパッカーや中には受験生、サラリーマンもいるらしい。部屋が個室でエアコンもあり、3畳が平均なのでかなり狭いが、インターネット回線やWi-Fiまで備えた宿もあるらしい。定食屋や飲み屋、コンビニもあるから食べるものにも心配ないから、今や格安ビジネスホテルと言った方がいいのかもしれない。
私なんぞ、東横インに宿泊する時は、朝食付きで5000円以下になる日曜日がほとんどだが、もしかすると簡易宿泊所で一番高いところと変わらないかもしれない。