谷中から上野公園へ




 江の島の翌々日12月21日は、天気が快晴で、次の日以降は年末まで快晴の予報が無かった。
特に行きたい場所も無いので、そういう場合は電車で30分の上野近辺が早くて楽だろうという理由で出かけた。上野から二つ戻って、日暮里から谷中墓地を抜けて上野公園に至るルートを歩く。
谷中はお寺が密集していると表現してもいいほど多い。お寺の写真を撮るのが好きな人は、鎌倉よりも楽して多くの写真が撮れることは保証できる。しかも、拝観料などをとるお寺も無い。
東京芸大から上野公園の一帯は、モミジの紅葉、イチョウの黄葉などが、この時期でもまだ見られるので、あまり山の紅葉を見ることができなかった今年を締めくくるべく、公園じゅうを歩いて撮ってみた。



日暮里駅南口を出てすぐの天王寺。モミジはまだ残っていたが、しょぼくて汚なかった。


 

天王寺の大仏の方に向かって手を合わせる女性がいた。


 

谷中墓地の通り沿いに、「金閣寺垣」(別名透かし垣)と書かれた垣根があった。
金閣寺の垣根と同じ手法のものという意味なのだろうが、金閣寺を見たのは40年以上前だから覚えていない。


 

谷中墓地を抜けた交差点に面した場所にある多宝院というお寺。



多宝院の隣には総持院というお寺があった。どちらもこじんまりしたお寺だ。



道に迷って入り込んだところの民家。昭和の雰囲気が残るたたずまいだ。



東京七面山飯匙祖師堂というらしい。ここもお寺か。



多宝院の裏手にある長久院。最初ブレたと思って撮り直したが、そう見えただけなのだった。



長久院の隣りの大泉寺。山門をくぐると「憩」と書かれた休憩所が建てられている。これは素晴らしい。



大泉寺の隣の大行寺。同じ名称の地名が実家のあった小山市にある。



大泉寺の近くの感應寺。このブロックだけで8つのお寺があった。



言問通り谷中六丁目交差点に面した一乗寺。



上野高校の隣にあった護国院大黒天という名前のお寺。寛永寺の子院に当たるらしい。



護国院大黒天の楽堂。神社の舞殿とよく似ている。



護国院境内のモミジ。半分くらいが赤く染まっている。



東京芸大は、まだイチョウの葉が残っていた。赤レンガの校舎は同好会に使われているようだ。



旧東京音楽学校奏楽堂は、日本最古の洋式音楽ホールである。



東京都美術館の手前にしっかり色付いたモミジの木があった。



上野動物園正門隣にある甘味処「新鶯亭」。看板には「鶯団子」と書かれていて、創業時からの名物らしい。



東照宮前の売店。公園南側一帯の新しいショップとは対極的なレトロ店舗だ。


 

上野公園内は意外にモミジの木が多い。特に上野大仏の丘付近の色付きがいい。


 
丘の上のモミジの後方に、上野大仏のパゴダが入った。



東照宮の塀に沿った通りにも、いくつかのモミジの木が並ぶ。



伊豆栄梅川亭の前からは、モミジとイチョウが重なり、隙間からは五重塔が覗く。



五重塔を遮る高い木の上部には、南天のような無数の赤い実が実っている。



東照宮参道の石灯篭の脇のモミジは、すべてが黄色に染まっている。



上野精養軒の入口にある鐘楼脇のモミジは、三色のグラデーションがきれいだった。



清水観音堂近くにもけっこうモミジの木が多い。



清水観音堂からの不忍池弁天堂。望遠側が105mmまであるとやはり便利である。



毎日海から不忍池まで出勤してくるユリカモメ。人慣れしていて逃げないので標準ズームで撮れる。



不忍池の南側からの眺望。一面蓮の枯れた茎で覆われているが、時々鴨が顔を出す。



不忍通りに面した遊歩道沿いにも、イチョウとモミジが交互に植えられているので賑やかだ。



寒くても一艘くらいはボートを漕ぐ酔狂な人がいるものだ。



弁天堂で香を焚く若い女性を撮って、上野駅に向かった。


 晩秋から初冬にかけての上野公園は、これで三度目になるが時期的には一番遅い。にもかかわらず、まだモミジが落葉していなかったのは、今年が暖かだったせいだろうか。
山の紅葉を撮れるに越したことはないのだが、名所は混雑してなかなか行きにくいし、モミジやイチョウならばどこでも見られるから、都会の紅葉を撮っていた方が楽だし、紅葉以外のスナップ写真も撮れるから、たぶん今後も同じパターンをたどるのだろうと思いつつ帰途につくのであった。