寺と神社とスカイツリー




 11月23日金曜日勤労感謝の日、朝から快晴だけど祝日なので、車ではなく電車で都内へ行くことにした。都内も手頃なエリアはたいてい訪れているので、2009年以来の富岡八幡宮や2008年以来の亀戸天満宮あたりを再訪してみようと思った。
当時はまだスカイツリーは完成していなかったが、現在は都内の広範囲の場所の風景に入り込んでくるようになった。
ルートは、JR亀戸駅から40年前に私が住んでいた香取神社近くの路地を通り、亀戸天満宮、天祖神社に寄ってから、スカイツリーを見ながら押上駅まで歩き、半蔵門線で清澄白河で降りて清澄庭園に入り、門前仲町へ歩きながら心行寺とえんま堂を見て、終点が深川不動と富岡八幡宮というコースである。
私の脚力では、最近はこのくらいが限界で、時間にして3時間、距離は1万5千歩程度ではなかろうか。荷物も標準ズームだけのカメラに電車で読む文庫本が1冊程度で、交換レンズを1本持っていくともっと早くギブアップすることになる。



明治通りと蔵前橋通りの交差点角にできた、「梅屋敷」という道の駅みたいな土産物屋。


 

懐かしの香取神社商店街。ここで買い物したり、銭湯に行ってたりしていた。



商店街からの路地の突き当たりが香取神社だ。ここはいつもひっそりとした感じである。


 

亀戸天満宮を東から入ったが、やはり拝殿の後方にスカイツリーが見えていた。



菊まつりの展示。何か一般的な菊の花とは違う品種が多いようだ。


 

まだ七五三参りの家族連れでにぎわっている。私の息子の時は、水戸の偕楽園の隣にある常盤神社にお参りした。



池の東端からもスカイツリーがよく見える。池の真ん中でアオサギがじっとしていた。



亀戸天満宮の西の隅にあった紅梅殿。道真を慕って飛んできた、飛梅の実生を祀っているとかウソ臭い社だ。



亀戸天満宮から浅草通りの方へ歩いていたら、江東天祖神社なんてのもあった。


 
墨田区の路地裏を適当に覗いてみると、こんな風にスカイツリーの見えるところがたくさんある。



十間橋東の浅草通に架かる歩道橋からのスカイツリー。やはり近くで見ると高い。


 
夜景撮影の名所十間橋から。休日のせいかカヌーに興じるおっさんたちがいた。



清澄庭園に移動。庭園の真ん中のほとんどを占める、池の西側から涼亭を望む。カモ類もたくさん浮かんでいた。



今度は反対側からの涼亭。明治42年に財閥岩崎家が建て、震災や戦災からも免れた建物だ。



東側から池越しに大正記念館を望む。この建物は元大正天皇の葬儀場だったらしい。



昼時だったせいか、清澄通りのこの和菓子屋は、塩大福をほおばる年寄たちであふれていた。



清澄庭園のモミジは汚かったが、川沿いのサクラの葉は今頃赤く色付いている。



門前仲町に近い清澄通り沿いにある心行寺。表からそっと撮らせていただく。



心行寺のすぐ隣にあった法乗院というお寺。左の建物はえんま堂だ。



門前仲町は、清澄通りから一本入っただけで、飲み屋の並ぶこんな路地も残っている。



深川不動に脇から入ってみたらこんな社務所で、背後の壁にはぎょっとさせられた。



久しぶりに来てみたが、社務所以外はあまり変わってなかった。



本堂の東側にある開運出世稲荷。そういえば深川不動は成田山の別院なのを思い出した。



深川不動も七五三ビジネスで参拝客が多く、さぞかし儲かっていることだろうと思った。


 
今回の終点富岡八幡宮に到着。西側入口のイチョウがいい色になっていた。



こちらも七五三参りの参拝客でにぎわっている。都会の寺や神社は不況知らずだ。
先日の宮司殺人事件など、もうとうに忘れてしまったかのような雰囲気だった。



拝殿の裏手の方にあった横綱力士の碑。こんなのあったのかという感じ。



参道沿いでは、25日の三の酉に販売される熊手の準備をしていた。半分くらいのテントはまだブルーシートがかかっていた。



こちらは伊能忠敬の石碑の反対側にあった大関力士の碑。ここは相撲との関わりの深い神社らしい。



逆ルートで、最後に永代通り側の正面参道入口から眺めて門前仲町駅に向かった。


 ようやく晴天の続く時期になったが、朝晩はかなり冷え込むようにもなった。昼間歩いている分にはちょうど良く、電車の中ではちょっと暑いくらいなのだが、行き返りの自転車に乗っているとふるえがくるほど寒い。汗をかきすぎて返って風邪をひかないよう、長袖のシャツの上にジャケットを着るだけで、間にセーターやカーディガンは着ないからである。
これから益々寒さが厳しくなってくるので、多少着るものにも注意して街歩きを続けたいもんである。