鎌倉から江の島へ




 先日、鎌倉へ行こうと思ってグリーン券の手配までしたのだが、天気がいまいちで横浜西洋館に変更してしまった。
グリーン券はJREのポイントなので、取り消せばポイントに戻るのだが、せっかくだからと12月19日水曜日にでかけてみることにした。
宮原9時ちょうどの小田原行きに乗り、かろうじて1階のグリーン席に座れた。読みかけの文庫本を読み終わるまでずっと読んでいたので、車窓からの風景は全く眺めることなく戸塚で横須賀線に乗り換え、鎌倉には10時39分に到着。やはり鎌倉は遠いと思った。
計画らしい計画は立てていなかったので、駅から近い大巧寺、本覚寺、妙本寺を訪れて駅前のサイゼリヤで早々と昼食を済ませた。本当は、鎌倉駅構内で売っていた大船軒の小鯵の押し寿司を食べたかったが、食べる場所を思い付かなかったので断念した。
その後江ノ電に乗り、長谷、鎌倉高校前、腰越で降りてみたが、大した写真も撮れず江ノ島で下車。時間の余裕があったので、徒歩で最上部まで昇り、西の端まで行って引き返し、聖天島公園側に降りて帰途についた。


思えば、鎌倉に来るのは2015年の年末以来3年ぶりで、江の島に渡ったのは、2013年1月にNさんの墓参りの後に初めて訪れて以来のことである。最近あまり来なくなったのは、遠くて費用も時間もかかることもあるが、人が多すぎて何かを撮っていても人が入り込むことが多く、私の性分に合わないエリアだと思うからである。今回も、真冬でシーズンオフだというのに、江の島へ渡る橋は、両方向とも人を追い越せないほど多くの人が行き来していた。
できれば、夕方までいて、シーキャンドルのライトアップでも撮ればいいのだが、この日は晴れていてもすさまじい強風で、とてもではないが三脚を立てて撮影できる状況ではないことを、天気予報の段階で把握していたので三脚も持参していなかった。


聖天島公園側に降りたのは、映画「海街Diary」で、四姉妹が食事をしに行く風吹ジュン経営の食堂に使われた店を撮っておこうと思っただけのことである。ちなみに、四姉妹は、自宅から極楽寺駅を利用していたので、極楽寺近くに家があるという想定だが、実際に自宅としてロケで使われた家は、北鎌倉の西側のエリアにあるらしい。
また、ドラマの「ビブリア古書堂の事件手帖」で、北鎌倉にある想定で使われた店舗は、実際は由比ガ浜と和田塚の間にある鎌倉彫の店だったが、今はもう取り壊されて別の建物になってしまった。
別に、こういうものを撮るために訪れている訳ではないが、この程度のものを撮りに私のような者がうろうろしているから、鎌倉や江の島は人が多いのだろうと自嘲するばかりである。



めったに撮ることもない鎌倉駅東口のようす。駅舎も取り立てて珍しい感じでもない。



若宮大路を渡ってすぐのところにある大巧寺。こじんまりとした小さいお寺だ。


 

大巧寺のすぐ南にある本覚寺。境内のあちこちで工事をしていて見通しが良くない。


 

山門の右手にある夷堂は、どの方向から撮っても電線が入ってしまう。


 
夷堂橋と本覚寺の山門。入口にはライトアップ用の仕掛けがセッティングされていた。



「ツバキ文具店」に出てくる魚屋さん。本来の店主が仕事にいそしんでいた。



妙本寺の総門の右手にユニークな建物があるが、ここは幼稚園なのであった。



奥に進んで二天門まで来ると、まだ赤くならないモミジの木があった。



二天門の先の奥まったところに祖師堂がある。日蓮を祀るお堂だ。


 
日蓮の銅像。友人に日蓮宗の坊主がいるので日蓮像はたくさん見ているが、これは平成14年建立で極めて新しい。



妙本寺鐘楼近くに色付いたモミジの木があった。


 
妙本寺本堂と上の方だけ染まったモミジ。今年は塩害の影響で色付きがいまいちのようだ。



長谷駅近くの収玄寺。ちょっと覗いただけで、駅に引き返した。



長谷界隈の商店は、近年こういう若い人向けが増えてきた。古都での生き残り商法であろう。



長谷駅に入ってきたレトロ風の10形車両。レトロといっても平成9年からの運用だ。



鎌倉高校前駅近くの踏切にたむろす人たちは、ほとんどが中国人である。



鎌倉高校前駅を出発する1000形と江の島。予想に反して天気が曇りがち。


 
腰越の商店街を去ってゆく江ノ電。踏切がすぐ開かず、電車はかなり遠ざかってしまった。




満福寺前の踏切も江ノ電の撮影スポットだが、ベストな場所が分からず撮影は失敗した。


 
満福寺本堂前にあった慈悲観音像。なるほど、なかなかやさしそうな表情をしている。



国道134号を渡ると小動神社がある。狛犬がほっかむりしていた。



神社の奥が小動岬で展望台があるが、太陽が真正面にあるのでこんな画像になった。



国道を挟んで神社と反対側にある浄泉寺。観光客がいないのでひっそりとしている。



江の島へ渡る前に、境川にかかる橋から竜宮城のようなデザインの小田急片瀬江ノ島駅を眺める。



江の島弁天橋からの富士山。まあこのくらい見えていれば満足かな。



江の島入口のシンボル青銅製鳥居。正面に太陽があるので脇に寄って撮った。



新しくできたと思われるはろうきてぃ茶寮。女性客やカップルを対象とした店だろう。



商店街を少し登って振り返ってみる。アイランドスパの別館に塔の相輪が立っているのが変。



瑞心門をくぐってまっすぐ行けるのを知らないので、エスカー脇から遠回りをして登った。



辺津宮下の花壇では、イルミネーションの作業中で、昼間からライトが点灯していた。


 
辺津宮のむすびの樹。恋愛専用なのか、ピンクの絵馬がいっぱいぶら下がっている。



辺津宮奉安殿は、この先有料なので入らない。



辺津宮の茅の輪くぐり。神社商法は色々あるもんだと感心する。



辺津宮下の公園展望台からの眺望。前回もたぶん同じ場所から撮った。



展望台の反対側を少し登ると中津宮で、エスカーだと二つ目を降りたところ。



亀ヶ岡広場から階段を少し降りたところに海上亭という店があるが、残念ながら営業していないようだった。
この店については、いちばん最後のところに書こうと思う。



前回と同じ場所からシーキャンドルを、今回は横位置で撮った。ここ以外では電線や建物が入ってしまう。



降りる途中、片瀬東浜の見渡せる眺望を撮った。龍口寺の五重塔が見えている。



冒頭に書いた、「海街Diary」の映画のロケに使われた食堂。グーグルの画像でも見られる。



強風でも江の島にやってくる人たちは絶えることがない。空には半月が昇ってきていた。


先日、名取佐和子という作家の「江の島ねこもり食堂」という小説を読んだ。五世代に渡って店の切り盛りと「ねこもり」の役目を担ったそれぞれに個性のある女性たちが登場し、かつて島で、そうとは知らずに吉原の女郎と仲良くなって、再開時にかんざしを渡すはずだったが、それがかなわず数世代後、子孫同士が偶然会ってやっと渡せるという話で、明治から現代までの江の島のゆるやかな変遷も描かれている小説である。小説の冒頭、年若い女性が、江の島の橋で二眼レフカメラを構えているところから話が始まるのが、カメラ好きの私にはなかなか面白い手法だと思った。
この小説に出てくる食堂のモデルが先程の海上亭なのではないかと思うのだ。理由の第一は、食堂のほかに民宿も経営していること。第二は、島の西部で南北に侵食が進んで分断するような地形があって、この場所を「山二つ」と呼んでいて、小説の食堂は「山二つ」の近くにあるということ。この二つに該当する店は、海上亭以外には見当たらないのである。
映画にしても小説にしても、所詮フィクションの世界だと言ってしまえば元も子もないが、それでも作家や制作者は、たいてい現実のものを参考にして作品を作るもので、それらを実際に見てみると、作家たちの想いが理解できるような気がしてくる。


鎌倉近辺は、「俺たちの朝」の頃からたくさんのドラマや映画のロケ地に使われていて、私の知らないものも多いと思うが、それでも国内しかも関東エリアである。私が最も遠くで感動した小説の舞台は、島田荘司の「溺れる人魚」で、海外旅行記にも書いているが、犯罪のトリックにポルトガルのリスボンを走る市電が使われていて、実際に乗車して狭いアルファマ地区を見た時は、興奮して鼻血が出そうになるほどであった。というのは大げさか。

ともあれ、単なる観光地で写真の被写体としていいというだけでなく、映画や小説の舞台としての江の島という見方をすれば、以前よりも親しめる場所になったことは言うまでもない。