恒例晩秋の足利散策




 今年は異常気象の影響もあってか、紅葉が例年になく色が悪く、先日吉見町の八丁湖を訪れた時は、大半が赤くならずに枯れた葉ばかりで、撮る気がなくなり50カットほど撮って、そのうち30カットは削除してしまった。
なので、今年はもう紅葉の撮影はなしにしようと思っていたのだが、足利だけはどうしても行ってみたくなり、11月27日火曜日8時半に自宅を出た。
たった1年ぶりなのに、国道122号線に若干の変化があり、埼玉県内と群馬県明和町まで全線片側2車線化となったが、国道354号に突き当たった所で終わってしまい、そのまま直進したら、急に細い道に迷い込んでしまい、仕方なくナビを頼りに成島から邑楽町を抜けて足利に到着した。結局所要2時間程度で、いつもと変わらなかった次第である。


今回は、もみじ谷と鑁阿寺は訪れて織姫神社はパスした。代わりに、足利公園と八雲神社、寄り道で磯山弁財天を見て帰宅した。



もみじ谷に入ったところ。順光だがモミジの色はこんな程度になる。


 

道がカーブする手前になると、モミジの木が両側に連なるようになってくる。


 

広場に上がるところのモミジは、いつもながら色が鮮やかだ。



毎年石碑のある場所を撮るが、今年はまだ落ち葉が少ないようだ。


 
遊歩道から分岐したところのこの木は、いつもグラデーションがきれいである。



いつものカーブのところ。機材を変えても明暗差の激しさは変わらない。



下におりていくところ。この辺も、赤、黄、緑の葉がきれいである。



もう少し下りてみる。逆光で厳しいが、黄色や緑の葉が増えてくる。



戻って高台の広場からカーブ付近を見る。毎度ながら明暗差の補正が難しい構図だ。



高台から石碑のあるあたりを撮ってみた。モミジの葉の形状がよく分かる。



噴水広場あたりからもみじ谷全体を見渡してみた。



鑁阿寺に移動して裏門から入り、まずは蛭子堂のモミジ。



こちらは大黒堂。鑁阿寺は境内に駐車できるので、この画像の手前に車があり、それを避けて撮った。



モミジの木は途切れてしまったが、こちらは御霊屋。足利家の霊廟で徳川家斉の寄進で再建された。



一切経堂も立派な建物だが、周囲にはイチョウもモミジも無いのが残念だ。



いつもとは違う写真をと思い、境内のイチョウを太陽に向けて撮ってみたが、やっぱりちょっと厳しい。



こちらもモミジ越しの多宝塔とイチョウをf4ボケで。



イチョウとモミジ越しの多宝塔。銀杏臭い場所で、左の女性は弁当を食い、右の女性はスマホを眺めていた。



ベストアングルはこの右手なのだが、いつもと同じになるのでこちらにした。



1枚だけ多宝塔の部分撮。外国建築の尖塔や日本の塔の相輪を撮るのが好きだ。



大日茶屋前のモミジの爆発したような赤さがすばらしい。



モミジ越しの山門はいつも逆光になるが、何とか白飛びを押さえることができた。



正面から本堂を撮ろうとしたら、スマホを見ていた女性が突然カメラ目線になった。


 

本堂近くにあったちょっとリアルなお地蔵さん。



池にはイチョウの落ち葉がびっしり。モミジが浮かんでいるのも見てみたい。



鐘楼の周囲は、松の緑やイチョウの黄、モミジの三色グラデーションが見られるスポットだ。



鐘楼前のモミジを透かしてみた。緑からオレンジに変わるところだ。



山門ではドバトが日向ぼっこをしていた。



山門全体を少し離れた道路側から眺めてみた。



鑁阿寺を出る時、裏門の先の通り沿いにも赤く色付いたモミジが見えた。



足利公園の高台から東側の中心部を見渡す。左の高層マンションはもみじ谷から見える。



山の中腹がもみじ谷で、右上に噴水広場の一本松が小さく見える。



何も無い足利公園から八雲神社へ。森高千里の「渡良瀬橋」の歌詞にある神社だ。拝殿が真新しい。



足利から現佐野市の出流原に立ち寄った。ここは湧釜神社で周囲にはモミジの木が多い。


 
湧釜神社の隣には、以前来た時293号から見えた磯山弁財天がある。



本堂は石段をけっこうな高さまで登ったところにある。



弁財天は七福神の一人で、蛇や竜の化身だと言われ、蛇の石像もあちこちに置かれていた。



石段の途中にあった鐘楼脇のモミジも、けっこうきれいに色付いていた。



天辺のお堂からの眺望は、逆光でもあってパッとしない。上の方の国道293号を走るとここがよく見えるのだ。



堂内はこんな感じである。右の奉納された彫刻はキジのようなデザインだ。



最後は出流川の水源で、名水の湧く出流原弁天池を見て帰途についた。


 まだ時間もあったので、このまま293号を北上して、葛生から出流に抜ける山道の途中で、石灰工場を山の上から俯瞰する写真を撮りたかったのだが、思ったよりも距離があり、9月にO君と来た時は道を間違えて行き損ねたので、今度こそと思ったのだが、やはり執念不足で佐野市の多田まで行ってUターンし帰途についた。


足利市は、私が小山市に住んでいた頃は、栃木県では宇都宮市に次ぐ二番目に人口の多い都市であったが、その後小山市が抜いて二番目になり、平成の大合併で栃木市が三番目となり、足利市は四番目となってしまった。栃木県は、この4つの都市の人口合計で県の人口の過半数を占めるようになっている。
栃木県第四の都市足利市は、人口減少都市なので、市域が広い割に交通量が少なく、いつ来ても渋滞が無くて走りやすい印象がある。それに加えて、栃木県の人口上位都市の中では、歴史的建造物も多く自然環境にも恵まれているので、何も無い小山市で生まれ育った私には、森高千里の「渡良瀬橋」の歌詞で、「この街を離れられない」と言う気持ちがよく分かるような気がした。できたら今度「夕陽がきれいな街」の風景も撮ってみたいと思う。