高坂から吉見を見て歩く




 高坂というのは、埼玉県東松山市の南側のエリアであるが、以前は関越道の高坂SAがあることくらいしか知らなかったのだが、埼玉県に住むようになってからも大東文化大学があることくらいしか知らなかった。


そもそも東松山市自体、関越道で群馬方面に行く時に乗るICがある程度しか知らず、街はバイパスを猛スピードで通過していくだけであった。それが先日のノーベル賞受賞者の梶田氏の出身地であると分かってから、何だか通過していくだけではいけないのではないかと思うようになった。


で、写真のネタになりそうな観光地をネットで調べてみたのだが、市内には箭弓神社くらいでほとんど行ってみようという場所が無く、高坂の物見山公園あたりと吉見百穴あたりにしようとでかけてみることにした次第である。


結局行ったところは、高坂の平和資料館、岩殿観音、吉見町の吉見百穴、吉見観音、八丁湖公園の5か所で、自宅を9時に出発して14時半頃には帰ってきてしまったが、それでも斜面の上り下りをかなりこなして9000歩くらいは歩いたし、写真もそれなりに撮れたので満足である。



最初はこの建物。平和資料館の展望塔だ。高さ40mで入場無料。


 

通称平和資料館は、正しくは埼玉ピースミュージアムというらしい。現在入場無料。


 

平和資料館の入口近くにこんなものがあった。まあ都電の走る様子は平和そのものだが。



平和資料館を入ると端までこの通路が続く。戦時中に関する絵とかが展示されている。
館内撮影は許可制で、展示物個々のアップ撮影はNGだと言われた。


 

通路途中左のこのトンネルへ入る。下はエスカレーターだ。



トンネル入口から見えていたが、昭和30年代くらいの様子か。



民家の反対側は小学校。私の出た小学校にも二宮尊徳像があったな。



展示物は撮れないので展望塔へ。双眼鏡も無料だ。



360度見渡せるのだが、順光だった赤城連峰方面。
平和資料館本来の展示物は全く撮れないまま退出した。隣接の物見山公園をぶらっとして岩殿観音へ移動。



物見山を降りていったところに岩殿観音正法寺がある。この辺はまだ雪だらけ。



どこもそうだが、手水舎の梁や天井にはびっしりとお札が張り付けられている。



しぶとく粘って降雪後に落ちてきたモミジの葉。残念ながらもう枯れ葉だが。


 

おみくじが木の枝にいっぱい括りつけられていた。
ここから東松山市内を抜けて吉見百穴に向かった。



吉見百穴の手前にある小高い山にめり込んでいるような岩室観音。
この小高い山は、かつての松山城の城跡なのだそうだ。



岩室観音入口右手の洞窟には石仏が左右にびっしり並んでいた。



首のとれてしまった石仏が一体だけあった。上の画像の真ん中あたり。



真ん中の岩の背後を回る「胎内めぐり」ができるそうだが、靴が汚れそうなのでやめた。


 

入口左側の洞窟にもこんなにいっぱい石仏が並んでいた。



吉見百穴見学には入場料300円かかる。左の小さい穴が百穴で、右は軍需工場跡への入口だ。



終戦直前に大勢の朝鮮人を使って掘らせた地下軍需工場の跡地で、左右500mに及ぶらしい。



百穴のある斜面は昇れるので天辺まで行ってみたら、休業中のレストランがあるだけだった。


 

一応百穴の天辺からの東松山市街。背後にはなだらかな山が連なっている。



最初の画像の左端から見たところ。百穴は結局墓所であったということらしい。
この画像の左に「ヒカリゴケ」の自生地があるが、明るすぎてよく見えなかった。



百穴から吉見観音(安楽寺)に移動。山門の仁王像はネットが邪魔でよく見えない。



境内には阿弥陀如来が鎮座していてなかなか立派なお寺。


 
 
本堂右手奥の三重塔を見上げてみる。



本堂正面には魔除けなんだろうか、岩殿観音の手水舎同様お札がびっしり張られている。



おみくじを括りつけるところが満杯で、こんなところにびっしりと括りつけられている。


 

最後に八丁湖に行ってみた。もしかして白鳥でもと思ったが、遠くにいるのはカモばかりで期待外れ。


 片道1時間で行ける場所だったが、どこも初めて訪れたところばかりである。どこの市町村でもお寺や神社があるし、何らかの史跡なども保存しているだろうから、通過だけであまり探索していない市町村は、ネットで調べてみると意外な場所を発見できるかもしれない。
今回最も収穫があったと感じたのは、岩室観音の石仏である。真冬で私以外誰も訪れない場所ではあるが、その静かな佇まいが特に印象的であった。こういう場所をまた調べて訪れてみたいと思う。