横浜をあちこち歩く




 1月27日は晴れて風も弱く最高気温も12度とのことで、横浜へ行ってみることにした。
準備に手間取り、車でスタートしたのは9時半を過ぎていた。直前の首都高情報は、例によって板橋JCT付近の渋滞だけだったが、ナビの横浜到着が12時過ぎと出たので、これはおかしいと思って与野から首都高に入らず17号バイパスをずっと走ってラジオの情報を聞いたところ、渋滞の原因は故障車らしいが美女木まで繋がっているらしい。
笹目橋を渡っている時に隣接の首都高を見たら、延々と渋滞中であった。乗らなくて良かったかもしれないが、一般道で横浜へは行ったことが無い。17号から環八に入り、まっすぐ走って瀬田から246号に入り、多摩川を渡ってすぐ府中街道に入り、川崎から国道1号に入る予定であった。
幸いにして環八も順調でほとんど渋滞は無かったのだが、府中街道に入って11時半を過ぎた頃、コンビニで運転しながらの昼食を仕入れようと思ったのだが、あっても駐車場のない店ばかりなので、武蔵新城方面に曲がってしまったところ、コンビニでの食料調達はできたが、ナビの通りに走っても全然知らない地名の住宅地を延々と走って、それでも何とか1号に出られて12時40分頃いつもの馬車道のパーキングに到着した。所要3時間であった。


計画を立てておいた訳ではないが、ルート的には桜木町から根岸へ行き、森林公園経由で山手に戻り、関内で馬車道通りを抜けて、みなとみらい線で日本大通りで降りて大桟橋、またみなとみらい線で中華街へ行って馬車道に戻った。
みなとみらい線だけの1日券では不便なのでJRの1日券にしたのだが、購入はもちろんJRの駅だけなので、必然的に
馬車道から近い桜木町からのスタートとなった。520円でJRは横浜-新杉田間にプラスみなとみらい線全線が乗り降り自由になり便利なのだ。私にとっては電車に乗る他にトイレを使うという目的も含まれるから必需品である。


横浜も最近はけっこうまめに来ているので、今回初めて歩いたのは最初の根岸駅から馬見台までの区間だけで、他はもう何度も歩いている場所なのだが、なるべくいっぱい歩くということと歩きながら撮るものを探すという目的があるし、以前には気が付かなかったが今回気付いたものなどもあり、午後6時頃まで2万歩オーバーの約16kmも歩いてしまい、坂道も多かったのでさすがにもう歩くのは限界であった。



パーキングの向かい側の旧第一銀行だったこの建物は古代ローマのトスカーナ式オーダーという建築様式だそうだ。
現在は横浜アイランドタワーの低層部に位置し、ヨコハマ創造都市センターとして活用されている。


 

大岡川に架かる橋からのランドマークタワー。初めて撮ったのがこの場所だった。
まだコンデジのFinePicsF700で2004年9月に仕事で宿泊した時である。


 

根岸駅から5分くらい歩いたところにある旧柳下邸。平たく言えば昔の金持ちの家だ。
根岸駅に着いてすぐ、地図を忘れてきたことに気が付いたが時すでに遅く、このあと災難が続く。


旧柳下邸の内部からは窓越しに咲き始めた紅梅が見える。


 

ほとんど和室の旧柳下邸だが、洋風外観の建物の室内だけが洋室だが下は畳だ。


 

蔵の中にあった装飾時計。昔はさぞかし高価だったのであろう。


 
旧柳下邸の庭にはもう菜の花も咲き出していた。この後、市電博物館を探して歩き回ったが、
結局見付からなかった。あと200mくらいだったのに、方向と道が分からなくなった。



根岸八幡神社は案内標識があってすぐ分かった。


 

地図にも載っていない稲荷だが、真新しい注連縄を取り付け中。



坂道があったので頑張って登ったが途中で息が切れた。根岸の街があんなに下になった。



坂を登り切ったら森林公園の周回道路かと思って左に歩いたら、米軍住宅しか無かった。



米軍住宅は建物自体は簡素な造りのようだが、一戸の敷地は広くとってあるようだ。



ずっと歩いていたら、米軍住宅に挟まれた細い道になり、最後は下に降りる長い階段だけになってしまった。
私はこの先は南太田の方面で、駅も遠くて引き返すのも困難だろうと判断していたところ、地元の夫婦が通りかかり、
尋ねてみたらこの階段の先は根岸だと言う。私はまるで方向音痴になっていたのであった。
いずれにしても馬見台に至るには、また引き返して左でなく右に行けばよいのだと分かった。



教えてもらった通りに歩いて周回道路に出て、少し歩いたら馬見台が見えてきた。
前回初めて来た時は初夏だったので蔦が緑色だったが、今は枯れてうす黒い色になっている。



よく見ると、かつては窓があった部分が塞がれたような感じに見える。


 

馬見台は建物の向こう側にスタンドの観客席があった。今は周りは広い公園になっている。
ここから山手駅に行くのに正面の広い通りを歩いたが、その先が最短距離なのに標識も無くて道が分からず、
仕方なしに前回通った道を記憶をたどりながら歩き、かなりの遠回りで山手駅にたどり着いた。
地図を忘れたおかげで、たぶん数千歩のムダ歩きをしてしまったことだろう。



山手から関内まで移動し馬車道を歩く。街灯にはこのデザインと文字が記されている。



入浴時なのか母と子の裸の像だ。馬車道の歩道は幅が広いのでこういうアートが設置可能なのだろう。


 
メンズショップのようだが、店の前の自転車のオブジェに興味を引かれた。



このビルは壁の汚れが年季の入り具合を物語っている。


 

横浜での営業写真館の始祖はこの人らしい。プロ写真家のルーツここにあり。


 

県立歴史博物館のエントランス。


 

同じくドーム屋根。部分だけにしてみた。



みなとみらい線馬車道駅構内の壁にはこういうものがいくつか飾られている。



馬車道から日本大通りに移動。本日無料の表示があったので初めて開港資料館に入ってみた。


 
大通り側から入ると中庭越しにこのエントランスが見える。私は県庁脇から侵入。
入場無料だが展示室は撮影禁止なので、時間がもったいなくてすぐに退出。



何となく大桟橋まで歩き日没時の富士山を眺めた。富士山は大桟橋の先端まで行かないと見えない。


 

この日はにっぽん丸が入港していた。夕景に限っては、横浜はいまいちの感じ。


 

何の撮影なんだか知らないが、こんなことをやってるカップルがいた。(@_@。


 

大桟橋から中華街へ移動。媽祖廟を撮ったが暗さが中途半端な時間で良くなかった。


 
山下町公園の電飾。毎年の春節前にはいつもこれが飾られている。



會芳亭の提灯は以前撮った時と少しデザインが違っていた。



関帝廟はあえて全景を撮ったがこんなに電線が入るのが分かる。
商業利用ならば画像処理ソフトで消さないと役立たずの画像になるだろう。



凸凹堂の龍の装飾を撮って今回の撮り歩きは終了することにした。


 毎度のことだが、午前中の首都高がスムーズであれば、横浜にも10時頃には到着できて、夕方まで余裕を持ってあちこち見て回れるのにと思う。残念ながら、最近は100%の確率で往復ともに事故渋滞に遭遇しているので最悪である。
原油価格の下落でガソリンが安くなったのはありがたいが、その分車を使う人が増えていることが渋滞を増やしていることは皮肉である。首都高は魔の有料道路であり、老若男女を問わず運転に慣れない人は走行しないことに越したことはないと思う。
毎回合流地点で、車体を並走する車の前に入ろうとするバカがいるがこれはNGで、並走する車のすぐ後ろにバンパーを嘗めるがごときに入るのが礼儀である。合流後にハザードをチカっと点滅させれば完璧だ。
この先年齢的な衰えで、危険度の高い首都高を走れるかどうかいささか不安になるが、流れに乗った通常走行は今のところは何も問題はなさそうだ。予期せぬ状況での素早い判断が出来なくなった時が潮時かもしれない。
圏央道の値下げと首都高の値上げで、果たして首都高の渋滞が緩和されるかどうか、期待はせずに結果を待とう。