私の散歩コース




長年の運動不足がたたって、ウエスト85のズボンが履けなくなる危機に直面した2015年10月、ブタクサ花粉症の終息とともに1日1万歩を歩くことにした。雨の日や体調の悪い時などは休んだが、飽きっぽい私でも2016年5月現在でも平均週6日くらいのペースでまだ続いている。

毎日ほぼ同じコースを歩くので、歩いて風景を楽しむという意味ではすぐに飽きてしまうのだが、さいたま市にしては幸い自然豊かなところであり、特に3月から5月にかけては多くの花が咲いては枯れるの繰り返しで、今まで見過ごしていた花を撮影し名前を覚える楽しみもあって、何とか7か月間続けることができた。

カメラは、普段は主にパナソニックのミラーレスだが、ズームレンズ込みで240gと軽くて小さく、フォーサーズの撮像素子だが思った以上に画質も良いので、EOS Mを売却してしまっても全く後悔することは無かった。1万歩も歩く場合に携帯するカメラは、軽い上に可能な限り薄くないと持ちにくい。ただ、コンデジでは例外的なものを除いて撮像素子は1型がリミットだしレンズ交換不能なので、もはや所有したいとも思わない。

たまに5DMarkⅢに24-70mmを付けて散歩することもあるが、さすがに1.5kgの機材を持ちながら歩くのは疲れる。これがさらに望遠を付けて歩くとなると、さらに疲労が増して1万歩の前にギブアップすることになる。

毎度前置きが長いが、画像とともにコースを紹介しよう。


自宅を出て300mほど歩くと三貫清水あたりの鎌倉街道が残っている。


 
 
三貫清水の林の中は高木で太陽が遮られて昼間でもうす暗い。



一方、先ほどの鎌倉街道に並行した鴨川寄りの道には、まもなく開花するアジサイの木が連なる。



アジサイの連なりを過ぎると三貫清水の北側の小さな池が現われる。
こんな小さい池だが、たまにカワセミが来ていて撮影できたこともある。



三貫清水から鴨川に向かうと、こんな看板の場所がある。商売か趣味かよく分からない。



実際、一頭だけだがこのヤギがいつも雑草をむしゃむしゃと食べている。
願わくば、この界隈のブタクサを全部平らげてほしいもんだ。(^-^;


 

あまりキレイとは言えないが、年中カルガモがいる鴨川の名もなき橋を渡る。



橋を渡った対岸は広々とした草原のようだが、実際は湿地である。
右手の建物は大宮北高校で、その北側が自宅である。ここまでまだ1000歩程度。



鴨川沿いに南へ歩くと、聖学院大学のグランドと教会が見えてくる。



川沿いの道は、今時だと突然キジが飛び出してくることもある。



聖学院と川を挟んだ反対側は遊歩道が雑草に覆われてしまい、夏場は通行不能だ。
この後は距離稼ぎのため、県道と17号のバイパスのバイパスである上尾道路に沿って歩く。



広い上尾道路の歩道に沿って歩くと、鳥居の色だけがハデな西新井稲荷がある。



歩道の無い道を避けるため、上尾道路から用水路沿いの道に入る。
ここから上尾南高校をぐるっと回って、花の丘農林公苑の北口に至ると約6500歩になる。



花の丘北口近くの民家のジャーマンアイリス。向こう側には西光寺がある。



花の丘の南側には用水路に沿った遊歩道がある。西新井の森が隣接してややうす暗い道だ。



5月の花の丘はポピーとヤグルマソウが幅を利かせている。



ポピーの向こう側には池があり、しょっちゅうカワセミが行き来している。



雨の降った翌朝、花の丘でバラの雫を撮った。懲りない私である。


 

花の丘にはバラのエリアがあり、周囲をムルチコーレが囲んでいる。



5月も半ばになると、バラが爆咲き状態だ。



上の画像の反対側の売店のある入口方面。建物の向こうに道路を挟んで別のエリアがある。



こちらがその別エリアのシャクヤク。周辺はサクラの木がいっぱいある。



シャクヤクの場所の近くにはアヤメが咲く。右側にニオイバンマツリもある。



帰り道の畑には一列だけネギが植えられている。なんでなんだ?



さらに歩くと、これでもかと真っ赤なポピーが咲いている。



8500歩地点。このあたりでは珍しい水田だ。



無人の野菜売店がこのあたりには多いけど、愛媛産の甘夏なんか売るなよな。(-_-メ)



最後にまた三貫清水に戻って道端のタンポポを撮って散歩終了。


 自宅からごくごく近いベリーショートトリップですが、カメラ無しなら1時間半、撮影すると2時間、1万歩強で6、7kmほどになるコースで、自然が残るさいたま市と上尾市に跨る今時貴重なエリアだと思う。
ただ、これから暑くなる時期は、時間帯を早めにしないと熱中症の心配があることと、9月からはブタクサ花粉の飛散があるので、散歩の回数は減少するかもしれない。彼岸花が三貫清水に咲く頃は、毎年私の体調がどん底になるのが残念である。