再び川越で蕎麦と散歩




 3月1日は恒例になった、友人O君と蕎麦食いドライブの日である。
前日までにO君からのリクエストが無かったので、鳩山か東松山周辺の蕎麦屋へ行くつもりであったが、当日O君がまた川越がいいと言い出したので、前回とは違う散歩コースで、蕎麦は前回休みだった銅版葺きの「百丈」に行ってみることにした。


先に蕎麦屋のことを書いてしまうが、11時半頃入店したので、まだ限定20食の「もりそばセット」があり、これを注文した。もりそばの他に、まぜご飯、わかさぎと山菜の天ぷら、菜の花のお浸し、高野豆腐と野菜の煮物、それにデザートのイチゴが付いて税込み1000円は、どれも美味しくて二人とも大満足であった。あと、午後のおやつで鯛焼きも食べたがこちらは皮がふにゃふにゃでアンコも水気が多くて外れであった。


O君のホームページで、歴史的な解説があるので、併せてそちらもご覧いただければ幸いである。但し、そちらの更新はいつになるか分からないのでご了承いただきたい。まだ前の2回分が未完の状態である。(^-^;



スタートはまた川越市立博物館。200円払ってもパーキングが無料になる。
今回は少しまじめに見学し、特に新河岸川については歴史的解説を読んでおくことにした。


 

入り口を入ってすぐにあるフロアに川越城の描かれた屏風がある。



川越がまだ町だった頃の商店の案内図。写真ではなくてイラストなのがいい。


 

こちらは縄文期の陶器類。他に弥生期の出土品のコーナーもあった。



大昔の丸木舟が意外に長いのにはびっくりだ。



以前にも撮ったことがあるが、石焼き芋屋の屋台だ。



この日は市内だと思うが、小学生たちが川越の歴史を勉強に来ていた。



昔ながらの芋せんべいや焼き芋の製造道具類である。



こちらは川越祭りの衣装のようである。前回は無かったような気がする。


 

ところ変わってこちらは氷川神社。赤い絨毯は、神前結婚式を終えた新郎新婦が通る通路であろう。


 

やはり、今ここで結婚式が行われているようだ。



境内の隅っこの方にあったのが「柿本人麻呂神社」。どっかで聞いたことのある人名だ。


 

圧巻だったのがこの絵馬回廊(自分で勝手に付けた名称)である。


 

さらにおみくじの場所には、「あい鯛」なる縁起物がぶら下がっている。



絵馬の回廊を抜けた所には、履き物を祭る社まであった。神社商売恐るべし。



O君のリクエストで新河岸川に沿って歩く。ここは木製フェンスを使っていた田谷堰。現在は使われていない。


 
 
火事で焼失した商店が再建され、店の角になかなか立派な看板ができた。



鯛焼き屋は休みで、別の店のを買ったらハズレであった。



菓子屋横丁の店先。さすがに子供でも買いやすい価格帯のものが多い。



いつも見るだけだったが、面白いので撮っておいた銀杏細工。


 
蕎麦屋二階フロアの床の間。和室を無理やり土足可のテーブルフロアにしてあった。



照明といい、陳列棚といい、下のメニューを隠したら蕎麦屋には見えない。



昼食後は再び市内の散歩。前回、以前のスカラ座の建物を撮ったが、今もかなりの年代物である。



鐘つき通りに入ったが、ここを左に曲がって歩く。


 

亀屋山崎茶店の瓦屋根を裏手から見る。今にも鼠小僧が飛び出してきそうな雰囲気。



お茶屋の駐車場に至る通路であるが、レンガ塀と板塀がなかなかいい感じである。



こんな店あったっけと思ったが、実は以前からある仏具店なのであった。



倭物ショップの店内。商品も装飾もとにかく色とりどり。



レンタルだとは思うが、和装の若い女性をあちこちで見かけるのも川越ならではだ。



小物の店。こんなもの要るのかと思うような商品だが、多くの女性が入店しているのが不思議だ。


 
最後は川越元町郵便局。いつからポストがこんな色と形になったのか。


 川越は東京から近い蔵づくりの街なので、古い建物を生かして女性の好むような新しい感覚の商品を売る店が多いように思う。サツマイモの産地で芋菓子が多いのも女性を引き付ける要因になっているのではないだろうか。