今シーズンは、12月から街歩きが途絶え、ひたすら毎日鳥の写真ばかりを撮るようになってしまった。おかげで、鳥のコーナーの更新は頻繁になった代わりに、ショートトリップは12月初めの横浜以来皆無だ。まあ、都内や横浜はあちこち歩いてしまったので、行きたい場所が思い浮かばなくなったので仕方ない。


今回は、例によって友人O君と蕎麦食いがてらに散歩することにしたのだが、遠いところも億劫だし、O君が川越の街を観光したことが無いということで決まったのだが、何度も訪れている私でもせいぜい年に1、2回程度なので、改めて蔵の街川越を撮り歩くのも楽しいものだと思った。
ただ、予定していた蕎麦屋が無休営業と食べログには書かれていたのに、でかけた1月12日の木曜日が休みであったのが残念であった。代わりに蔵の街通りの老舗寿庵で食べることはできたが、この店のウリは茶そばらしく、我々が必ず食べるもりそばは、ふつうに美味いという感じのややインパクトに欠けるそばであった。



スタートは川越城本丸御殿。1年ぶりの再訪で、内部の写真を過去にアップしてあるので、外観だけに留めた。



1年前も工事中だった三芳野神社。まあ、こんな変てこな外観を撮っておくのもいいだろう。



今回も市立博物館に入った。昔の川越の集落のジオラマである。


 

こちらは別のコーナーにあった昔の川越の街の様子。現在との対比がよくわからない。



江戸時代に描かれた鷹の絵が4つ並んでいたうちのひとつ。



太田道灌像。自宅近くの三貫清水も道灌所縁の場所である。



鐘楼に刻まれた文字を見ると、川越は河肥と書いていたらしい。



1年前にもアップした昔の蔵の街通りのジオラマ。今回は時の鐘付近である。


 

通路に飾ってある纏。鴫は「シギ」であろうが、養殖のシギでもいたのだろうか???


 
これらのお面は川越祭りで使われるものだそうである。



博物館近くには、川越城中ノ門堀跡が残っている。城の敷地はかなり広かったようだ。


 
当初食べる予定だった蕎麦屋。銅版ぶきの壁はレトロだが、側面の壁には「つり具」という看板が残っている。



見たとおりの豆腐屋さん。昔ながらの店構えを続けている。



歪んだ瓦屋根の住宅には、後付けしたベランダに豪快な洗濯物が。


 
 
菓子屋横丁にある飴屋さんの看板。



蔵の街通りにあるハウジング会社?の壁面。



改修の終わった時の鐘。ここからでないと鐘が見えない。


 

時の鐘の奥には川越薬師という神社があった。



蔵の街通りのシンボルというべきふたつのレトロ建築。りそな銀行とくらづくり本舗だ。



この建物は商店や美容室だが、瓦屋根には全く不釣り合いな異国風の感じだ。



川越のパルテノン神殿と呼ばれる現川越商工会議所だが、元武州銀行川越支店であった。
全体的なデザインは、ルネッサンス・リバイバル様式で、柱はドリス様式であるとのこと。


 
私の記憶では初めて見るタルト屋さん。川越堂という洋菓子パーラーのようだ。建物はレトロな感じ。



洋品屋さんだが、大正の趣のある造りの建物だ。


 
蔵の街通りではやけに和装の女性が多いなと思ったら、レンタルショップで着替えていたのだ。



今は廃屋にってしまったが、かつては映画館だったようだ。左の張り紙のスカラ座は市役所の近くにある。


 

名前が面白いカフェ。昔で言えば名曲喫茶なのかもしれない。



蓮馨寺にやってきた。香炉越しに本堂を見る。


 

こちらは熊野神社のカラフルな絵馬。時節柄平日でも受験生らしき若者が多かった。



熊野神社の提灯に描かれた鳥のイラストが印象的だ。



成田山川越別院の大木。この黄色いのが何か考えずに撮った。何だろう?



成田山本堂でも若い女性が絵馬を前にして何か祈っているようだ。



喜多院境内ではまだ露店が出ていて、珍しくダルマ専門店があった。



花の無い今の時期の喜多院は、お参りに訪れる人がほとんどだ。皆おみくじをひいているのか。



喜多院前の日枝神社に寄って川越散歩を終了した。


 最近の川越のコインパークは一日最大が以前り高くなって、最低でも600円、時間では1時間200円が最安であるが、倹約家の私は最近川越市街地の北東のはずれにある本丸御殿によく止める。ここは有料で100円の本丸御殿に入場さえすれば、夕方5時まで止めても無料なのだ。1日最大100円である。
今回午前10時半頃から午後3時頃までの時間で、ほぼ川越の観光コースをぐるっと歩いて約13000歩程度であった。目的が歩くことと写真を撮ることなので、出費も最小限のショートトリップであった。